1日目(8月14日) つづき
古来、叡山にのぼるのに、いくつかの坂がある。琵琶湖の坂本の日吉神社の奥からのぼるのが本坂であり、おなじく琵琶湖の穴太から山南の無動寺谷へ出る無動寺坂というのもある。京都寄りでいえば、山上の西塔へ出る松尾坂、またいまの修学院離宮の上あたりから東塔へのぼってゆく有名な雲母坂というのもある。(司馬遼太郎著『街道をゆく 叡山の諸道』より)●本坂日吉神社の鳥居の手前に、比叡山延暦寺への上り口のひとつ。本坂の入口があります。若い最澄が坂本から登ったのが本坂です。

比叡山延暦寺の根本中堂まで25丁(約2.73km)とあります。滋賀院門跡で聞いたところ、歩いて1時間半程で辿り着けるとのこと。気候の良い時に一度はトライしてもいいかも。

●遮那王大杉本坂の登山口の近くに一本の大きな杉の巨木があります。遮那王こと源義経にちなんで命名された「遮那王大杉」が聳えています。
●求法寺走井堂 日吉大社に向かう途中、右側に司馬遼太郎が「姿のいいお堂」で「叡山にはめずらしく現世利益の民間信仰のにおいがした」と印象を書き残している求法寺走井堂があります。

第4世天台座主・安恵が里坊として創建し、第18世座主の良源(元三大師)が入山修行の決意を固めた地であることから「求法寺」と名づけられました。司馬遼太郎によると「こんにちまで伝えている問答様式の法令は、良源(元三大師)が座主になって3年後に立てたもの」なのだそうです。
●日吉大社 日吉大社は、全国3800余ある日吉・日枝・山王神社の総本宮です。比叡山の守護であると同時に、平安京の表鬼門(北東)にあたることから厄除けの社として信仰を集めました。八王子山(牛尾山)を含む広大な敷地内には、三輪明神を勧請した西本宮と産土神を祀る東本宮を中心に、宇佐宮・白山宮・樹下宮・三宮・牛尾宮(八王子)の山王七社があります。
鳥居越しに牛尾山の山頂にある奥宮の2つの社が見えます。

大宮橋を渡り、登り勾配の参道を西本宮の方へ進みます。

山王鳥居をくぐった先に、朱塗りの西本宮楼門があります。
日吉山王大権現の使いは、「神猿(まさる)」という名で知られる猿が神の使いで、魔除けの象徴となっています。
西本宮の楼門の軒下の四隅には、神猿の姿が。

神猿さんが、軒を支えながら、参拝者を見守っているようです。

西本宮の本殿は、 日吉大社だけにみられる日吉造の建物です。

白川上皇が、自分の意のままにならないものとして挙げたのが「賀茂川の水、双六の賽、山法師」。平安時代末期、延暦寺の僧兵は、強訴の度に、日吉大社の神輿を担いで京へ押しかけたそうです。

平家物語にも書かれたこの神輿7基は、木々が鬱蒼とした森の中に佇む神輿収蔵庫にて展示されています。

神輿の豪華な装飾を見た司馬遼太郎は、次のように印象を書いています。

神輿のきらびやかさ、おごそかさは、「御神宝天にかがやいて日月地に落ち給ふかとおどろかる」と、みごとに言いあらわしている。建物いっぱいに神輿七基が金色燦然と一列横隊にならんでいる。いずれもなんともいえぬ重量感があって、金色の戦車がならんでいるようにも見える。(司馬遼太郎著『街道をゆく 叡山の諸道』より)
by lagattina
| 2017-08-15 06:23
| 旅:比叡山2017
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