8日目(2015年4月23日) つづき
真冬並みにしんしんと冷え込む今宵は、メトロポリタン歌劇場でオペラ観賞。この日の演目は、METで今シーズン初演のヴェルディの「仮面舞踏会(Un Ballo in Maschera) 」です。キャストの皆さんの歌がそれはそれは素晴らしく、「やっぱりオペラは歌だよなぁ」。最高の舞台で私のMETを締めくくることができました。

「仮面舞踏会」は、スウェーデンのグスタヴォ3世の暗殺事件をモチーフに、国王をめぐる男女3人の愛憎劇を描いた全3幕の作品。今回は、2012年のアルデンによる演出の再演。時代背景を18世紀から20世紀初頭に移し、フィルム・ノワール仕立てで、混沌とした悪夢のような雰囲気を作り出しています。

指揮: James Levine
演出: David Alden
Gustavo III: Piotr Beczala
Amelia: Sondra Radvanovsky
Count Anckarstrom: Dmitri Hvorostovsky
Oscar: Heidi Stober
Ulrica: Dolora Zajick
オケ&演出
アルデンの演出では、スタイリッシュでモノトーンの舞台上を、巨大な落下するイカロスのイメージが支配。イカロスは、鳥の翼を蝋で固めて空を飛び、太陽に近づき過ぎて、蝋が溶けて落下する古代ギリシャ神話の登場人物のひとり。
自らの行為が自らを死へと追い込んでいくグスタヴォ3世の姿を、イカロスになぞらえた演習になっていて、開演前の舞台幕に始まり、ある場面では天井画で、ある場面で、絵から飛び出したオブジェで、繰り返し、繰り返し、落下するイカロスをスタイリッシュなセットに登場させ、王のそばに忍び寄る死の影を表現しています。

白い羽をつけて、生意気そうに舞台を駆け回るオスカルは、グスタヴォの分身として描かれているのかな。3幕でその羽は剥ぎ取られ・・・とディティールが凝り凝り。歌手の皆さんは、様々な動きや演技も要求され、さぞ大変だったのではないかと・・・。コミカルなシーンでも、どこか犯罪の匂いというか、不気味さを漂わせる舞台でした。

指揮は、ジェームズ·レヴァイン!電動の車椅子でオペピに登場すると、会場中から大喝采。オケは、一昨日のルイージの優等生的な正確無比の演奏とは一転、ダイナミックで勢いがあって、少々雑な感じだったりしますが、そのガチャガチャ感が、それはそれで良く、METらしさというか、舞台上で繰り広げられる人間の愚かさだったりを許容する度量の広さのようなものが感じられました。歌い手との呼吸というか間合いもよく、「歌手が主役」の、これぞオペラ!な世界を堪能。

この日のキャストは、皆さん、登場人物を巧みに描写する歌唱力はもちろん、アンサンブルも素晴らしく、聴き応えがありました。
アメーリア
この日一番見事なパフォーマンスを見せたのが、2人の男性に愛されるアメーリア役のラドヴァノフスキー。豊かな声量と低中音から高音に上がるにつれ、熱と迫力を増す歌声で、2幕で、3幕の聞かせどころのアリアを熱唱。周りを食ってしまいそうな勢いでしたが、周囲がそれに触発されるように素晴らしいパフォーマンスを披露。舞台をグイグイと引っ張っていく姿は、男前。
アンカルストレーム
王の腹心ながら最後に王を暗殺するアンカーストレム役のホロストフスキー。何といっても3幕1場が印象的。周りを食う勢いのラドヴァノフスキーに触発されるように、というか、負けじと、エレガントで情感たっぷりに、ノリにノった歌いっぷり。『ドン・カルロ』のロドリーゴも良かったけれど、この日のパフォーマンスはその比じゃないな。このオペラの主役は、この2人?! 劇場前のポスターも3幕1場のシーンを使用しているし・・・。
グスタヴォ3世:親友であり臣下の妻に恋する国王。強烈な個性の2人の迫力に押されがちですが、3幕1場以外は出ずっぱりの熱演。
ウルリカ:アメリアの中低音に迫力がありすぎたせいかもしれないけれど、王の殺害を予告する占い師としては、少し声が軽い印象に。欲を言ったらもう少し、怪しげで近寄りがたい雰囲気があって良かったかも。
オスカル:歌に踊りに演技に存在感を発揮。軽快にステップを踏み、時には担がれながら、自信満々で生意気なオスカルを魅力的に軽やかに歌い演じていました。

オペラ三昧だった今回のNY旅行。『ドン・カルロ』に始まり、『アイーダ』、『カヴァレリヤ・ルスティカーナ/道化師』、『仮面舞踏会』と4公演5作品を鑑賞することができました。
オケ
オケの音として一番好きだったのは、ヤニックの『ドン・カルロ』、完成度が高かったのはルイージの『カヴァレリヤ・ルスティカーナ』、楽しかったのは『仮面舞踏会』。
演出
モノトーンを基調としたスタイリッシュでシンプルなセットを効果的に使用する手法が多くなったのかなという印象。その中で『道化師』のジェリービーンズを思わせる毒々しい程にカラフルで奇抜なセットは新鮮でした。大掛かりな古典的なセットを設え、馬やロバも人もぞろぞろ出て来てしまうような演出は『アイーダ』ぐらいなのかしら。その『アイーダ』も次は新演出となるようで・・・。気になるところです。
歌手
今シーズン初演ということもあるかもしれないけれど、『仮面舞踏会』のパフォーマンスが群を抜いてよかったです。『カヴァレリヤ・ルスティカーナ/道化師』を聴いた直後は、十分素晴らしいと思ったのですが、1枚上を行く感じ。コーラスひとつとっても安定していてレベルが高く、歌い手の層の厚さと裾野の広さはさすがMETだなと感じられるのだけれど、シーズン通して、歌手の皆さんのコンディションを維持し、ベストな舞台を続けていくのは、METであっても、なかなか難しいことなんだなぁとも。
なあんて、生意気なことを思ってみたり。こんなに続けてオペラを聴いたのは、10数年前のヴェローナ以来久しぶりのことで、予習の段階から楽しくて楽しくて、本番はさらに素晴らしくて。とても贅沢な時間を与えてくれたMETに感謝です。