2日目(8月3日)
9:14 城崎温泉 → 9:26 豊岡
今回の旅の続いての目的地は、但馬の小京都・
出石です。NHK大河ドラマ「
八重の桜」の主人公・八重の最初の夫となった
川崎尚之助の生まれた場所です。
会津のために尽くし不遇な最期を遂げたのに、これまで「逃げた男」扱いされてきた尚之助には、思い入れがあり(決して長谷川博己が演じていたからだけではない)、出身地の出石には一度訪れてみたいと思っていました。豊岡市から資料を取り寄せ、
川崎尚之助を旅するなるサイトもチェック。いざ、出石へ。
9:58 豊岡 ⇒ (全胆バス) ⇒ 10:35 出石
豊岡駅で1日乗車券(¥1000)を買って、バスに30分程揺られて出石へ。出石城下の西側にあるバスターミナルで下車します。
●願成寺
まずは、川崎家の菩提寺で、川崎家の墓所がある願成寺へ。明治10年代に記された墓石明細簿には、尚之助と同じ没年月日の戒名があり、尚之助もここで弔われたことが、最近になってわかりました。
川崎尚之助
但馬出石藩出身の幕末の洋学者で、江戸で遊学中の山本覚馬と出会った縁で、会津藩の日新館の教授となり、会津藩の銃砲の洋式化に貢献しました。これまでの流説では、戊辰戦争の籠城戦前後に行方不明、もしくは、逃亡したとされていましたが、近年の研究や新たに発覚した資料から、そうでないことがわかってきました。会津藩の砲術頭取に登用され、鶴ヶ城籠城戦の際は、ともに戦い、戦後も他の会津藩士と共に斗南へ移住。藩の食料調達をめぐって先物取引がらみの詐欺事件に巻き込まれ、その一身に罪を背負うこととなり、訴訟中に肺炎で死亡。「逃げた男」どころか、会津のために尽くし、不遇の短い生涯を寂しく終えていた訳で・・・。今回の大河ドラマでは、最新説が採用され、切ない姿がきちんと描かれておりました。今後はこれがスタンダードになるといいな。
願成寺の山門には、大きな目玉をぎょろりとさせたダルマ大師が鎮座。観光ポスターでもお馴染みです。同じ構図で写真を撮る人、きっと、いるよね(^^)
●川崎尚之助供養碑
山門の向かい側に、川崎尚之助供養の碑が建っています。
案内板には、平成25年1月建立とあります。大河ドラマの放送に合わせて作られたのかな。・・・というより、大河をきっかけに、尚之助の埋もれていた真実が掘り起こされ、色々なことが明らかになった・・・ということなんでしょうか。静かに手を合わせます。
●宗鏡寺(沢庵寺)
願成寺の奥に、中世に但馬を統治した山名氏の創建で、出石藩主代々の菩提寺である宗鏡寺があります。
元和2年(1616)に沢庵和尚が再興したことから沢庵寺とも呼ばれています。
沢庵和尚の作庭と伝えられる「鶴亀の庭」はとても見事で見応えあり。紅葉の季節が一番綺麗なのだそうです。
この寺には、尚之助の祖父・川崎才兵衛が、銅製の灯籠を寄進しているのだそうです。残念ながら見ることはできませんでした。
●川崎尚之助 生家跡
出石の城下町には、尚之助の生まれた川崎家の住居跡が残っています。
川崎家の住居があった場所には、「八重の桜 川崎尚之助生家跡」という真新しい看板が掲げてありました。当時の建物は、明治9年(1876年)の大火で焼失。現在残っているのは、その後、再建された建物で、現在は、化粧品店となっています。
続いては、尚之助が育った城下町を見下ろす出石城へと向かいます。