2月26日(土)
続いて、熊本城の外周をぐるっと周ってみることに。清正公さまの銅像からスタート!
行幸橋を渡ると
左手に西南戦争の石碑が
右手の備前堀越しには、飯田丸五階櫓
行幸坂を上った先には南大手門がありますが、左折。
未申櫓を通り過ぎると
薬研掘
法華坂を下り、北側に回りこみ県立美術館脇を通り抜けると
百間石垣があり
二ノ丸御門跡から中に入ると
二ノ丸広場に出ます。
水を湛えた西出丸堀
西出丸長塀越に、右から大天守・小天守・宇土櫓
見る角度によっては、宇土櫓が中央の構図に。
塀も西大手櫓も入れようと欲張ってみました。
西出丸長塀の西角に建つのは戌亥櫓
●西南戦争籠城将校家族避難跡
西南戦争の熊本城攻防戦の際、籠城した将校の家族たちは、戌亥櫓北の堀に天幕を張って避難したそうです。堀の見える場所に石碑が建っています。
北大手門跡を通り抜けると、加藤神社。
空堀外から見上げた高石垣に乗る宇土櫓。背後には大小天守がちらり。
棒庵坂を下り、城の東側へ
坂下正面にある「KKRホテル熊本」の2階ロビーから、天守を望む。
空堀から櫨方櫓跡下石垣と大天守石垣越しに天守を仰ぎ見て。
熊本県伝統工芸館の玄関前から見た、平櫓と大小天守。
平櫓は、櫓本体を石垣よりせり出し、石落しを施した、搦手防御の要。
城の鬼門・北東にある不開門。普段は閉ざし、不浄なものを運ぶ時だけ開いたとか。
五間櫓 北十八間櫓
東十八間櫓
城の東側の高石垣の上には、西南戦争の戦禍による焼失を免れた櫓が、立ち並んでいます。(国の重要文化財)
櫓の名称は「
大きさ(五間櫓など)」「
管理者の氏名(源乃進櫓など)」「
収納品(多湖櫓など)」「
位置(戌亥櫓など)」などによって、つけられています。
東十八間櫓から、少し間を置いて 田子櫓、七間櫓、十四間櫓、四間櫓、源乃進櫓が並んでいます。櫓があると石垣がグンと引き立ちます。
城内の東竹の丸から見た姿 城外から見た姿
厩橋まで出てきました。
坪井川沿いに続く長堀。
ちらりと天守が顔を覗かせるのが見えたら、スタート地点の清正公の銅像は、もうすぐ。
熊本城は、城外も見応えがありました。馬具櫓や、竹の丸五階櫓などの復元が進むにつれ、城外からの眺めも、当時の姿に一歩ずつ近づいていくのでしょうね。何年後かに再訪して、その変わった姿をまた見てみたくなりました。
熊本市役所の展望ロビーから、ライトアップした天守と本丸御殿を
昼間とはまた違った雰囲気があります。